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本当の意味での専業トレーダーは少ない

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デイトレーダーは数多くいらっしゃると思いますが、真のデイトレーダー(株式譲渡所得以外まったく所得がない)は実はそれほど多くないと思います。

サラリーマンとして毎日電車に乗って(こちらは車)せっせと会社に通勤している方にとってはこの商売は勤務時間が短いし(9:00~15:00)通勤時間がゼロだし、楽でいいなぁと思われるかもしれません。

確かに楽と言えば楽ですよ。気分が乗らない時は仕事をさぼって外に散歩に出かけたりする事も可能ですから、そのかわり病気になって入院すれば収入がゼロになりますし、退職金だってありません。

今日まで勝てていても明日以降勝てる保証もありません。腕を磨く事でリスクを小さくする事は出来てもリスクをゼロにする事はできません。資産を一瞬でなくすリスクは常に背負っているわけです。

1年、2年と大勝ちする事はそれほど難しくありません。バブルがあればバブルに乗れた方は皆大勝ちしますから、でも10年、20年と勝つのはなかなか大変だと思いますよ。

そんなわけで、今は専業を名乗っておられる方でも出来れば副収入があれば良いなと皆考えてます。本業に近いところで、本を執筆するとか、有料メルマガを発行するとか・・・

実績を残された方の大半はその路線に走ります。やはり、完全専業を長くやり続けるのはそれだけ大変だと言う事なのです。

私は数多くのデイトレーダーを知っておりますが、完全専業だった方はそれほどいらっしゃいませんでした。ほとんどの方は病気になった時に備えて副収入源を持っていらっしゃいましたよ。

昼は相場、夜はアルバイトって方もいらっしゃいました。やはりなかなか大変な世界だと思います。

始めるなら家族を養う責任がなく、失敗しても転職するのが容易な若い頃から始めるのが良いと思います。

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2007/04/11(水) 専業トレーダーの憂鬱 トラックバック:- コメント:2

専業トレーダーの憂鬱(デビュー当時の頃は簡単でした)

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私が専業トレーダーに転じた頃はデイトレーダーという言葉を用いても理解できる人は100人に1人もいなかったと思います。

身の回りにはもちろんいませんし、ネット上でもほとんどいませんでした。日中トレードされている方はもちろんいらっしゃいましたが、その方達は専業ではなく、他に仕事なり、主となる別の収入源を持っていらっしゃる方が多かったように思います。

ですから、売買高の多い、主力銘柄で勝負する場合は完全に個人対ディーラーの勝負となっておりました。その場合、手数料がなく、売買の板も好き放題見る事が出来るデイーラーさんとデイトレの世界で互角の勝負をするのはなかなか大変だったと思います。こちらは9:00になるまで持ち銘柄が買い気配になるのか売り気配になるのかさえわからなかったのですよ。

ですからデイトレで分の悪い主力株を手がける時は彼らの痛いところ(時間制限があったり、社内ルールで切りたくもない株を切らなくてはいけない時)を狙う必要があったと思います。

しかし、ディーラーさんが一生懸命頑張っている銘柄を避けてもっと時価総額の低い小型株はどうだったでしょうか?

実は小型株はライバルらしいライバルもなく簡単に値幅を取る事が出来ました。これら小型株の売買の中心は個人投資家なのですが、ネット証券が普及する前ですのでほとんどの場合、電話を利用して証券マンに注文を発注する形式をとってます。ですから細かい売買の板を見て注文を出しているわけではなく、アバウトな状況を証券マンから聞いて適当な値段で注文を出してくる場合が多かったです。

薄い板なのに平気で成り行き注文が飛んでいる時代でした。売買の板もすかすかで成り行き注文を出してから約定するまでの間に20分ぐらいかかる事も多かったのです。私は売買の板を見ながら、その成り行き注文を上手に拾っているだけで毎日簡単に勝つことが出来たわけです。

この状況はネット証券が普及してきて新規参入組が細かい注文を出すようになるまで数年間続きました。ともぴょんが気合を入れて戦い出したのはその頃からです。




2007/04/08(日) 専業トレーダーの憂鬱 トラックバック:- コメント:0

専業トレーダーの憂鬱(これじゃ自転車操業じゃん)

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さていよいよ専業トレーダーとしての道を歩む事になったともぴょんですが、まず始めに必要な生活費等の計算から始めました。

ともぴょん家の場合、バブル期崩壊数年後のまだ不動産価格が高かった時期に自宅マンションを購入しましたのでローン残高もローン金利も高水準だったのです。ローン、固定資産税、団体生保、マンション管理費、修繕積立金を合計すると年間250万円ぐらいの支払いが必要だったのです。(よく破産しなかったものだ・・)

これに加えて、国保、国民年金、生保、食費、光熱費、通信費・・・その他いろいろ合わせると、特別贅沢をしなくても年間550万円の生活費が必要となっておりました。(月間46万円)

株式譲渡所得の支払いを考慮すると、毎月60万円程度をコンスタントに稼がないと元本が減っていく計算になります。

この時持っていた投資元本は約1000万円でしたから60万円×12ヶ月=720万円は実に72%の投資利回りになるわけです。そのぐらいの成績をコンスタントに出さないと生活の破綻が待っているわけです。

今から考えるととても無理っぽい数字であったと思いますが、その当時の私はもっと簡単に考えてました。

毎月たったの6%を稼げばいいじゃないか!!

株式ランキングの上位銘柄を見ると6%程度上昇している株は山ほど存在します。一ヶ月に一度、ランキングに入るような銘柄を売買すれば簡単に達成できると思ったわけです。

もちろん当時の私には失敗する事はこれっぽっちも考えていませんでした。株式投資を始めてからまだ大きな失敗をした事がありませんでしたし、何よりまだ20代で考え方が若かったからです。

とにかく毎月6%以上の利益を獲得する事、それが私の目標となりました。

続きはまたまた次回へ・・・・・



2007/04/07(土) 専業トレーダーの憂鬱 トラックバック:- コメント:3

専業トレーダーの憂鬱(パチスロプロに転身・・)

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次の勤務先も決めないまま退職願いを出した私に対して会社の上司はとても驚いたようでした。(当たり前ですよね。住宅ローンを大量に抱えているのに)

辞めないように何度も説得されましたし、また決意が固いならせめて次の就職先がきっちり決まってから退職するように言われました。もっともな話だと思いましたが、辞めると決意してしまったら、毎日2時間以上費やして会社に通うのがとても大変になってしまったのです。

そんなわけで周囲の心配をよそに仕事の引継ぎが完了した時点ですっぱりとやめてしまいました。さて、どうやって生きて行こうか?

そんなともぴょんに一度だけやって見たかった事がありました。パチプロです。私はパチンコは苦手なのですが、スロットは昔から得意でした。PC作業による目の酷使で視力は悪いのですが、動体視力は人並み以上にあるようで、回ってる絵柄がほぼ全部見えてしまいます。ようするに好きな絵柄で目押しが出来るんです。

今の時代はスロットも随分システム化されてしまって目押しが出来る出来ないの差なんてほとんど無いようですが、私がやっていた当時は目押し出来る人が少ない時代でした。設定もその分甘くてほとんど負け知らずだったのです。

そこで本気でやって見たらどのぐらい稼げるものか挑戦しようと思いました。結論としましては20万円ぐらいまでは稼げましたが、それじゃ住宅ローンの支払いにしかならないので継続する事は到底無理でした。

もしも家庭やローンとか無かったら今しばらく続けていたと思います。何事も極めないと気がすまない性格でしたので・・・w

そして・・・ついに専業トレーダーへの道に進む事になります。お金になる特技はもう株式投資しか残っていませんでしたから・・・

長くなってしまうので、続きは次回です。



2007/03/26(月) 専業トレーダーの憂鬱 トラックバック:- コメント:0

専業トレーダーの憂鬱(私が専業トレーダーになったわけ)

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私が脱サラして専業トレーダーに転身したのも随分昔の話になりました。どうして専業トレーダーになったのか・・・今日はその事について書いてみたいと思います。

ちなみに専業トレーダーになるのは簡単です。勤務している会社に退職願いを出して、自宅に篭って株売買に耽れば良いわけです。

なるのはとっても簡単ですが、ずっと続けるのはなかなか厳しい世界だと思います。サラリーマンであれば、病気になってしばらく会社を休んだとしても有給休暇があります。

夏と冬にボーナスがもらえます。健康保険料や年金の支払いは会社が半分支払ってくれます。さらに給与所得控除という大きな控除があり、税金負担が少ないです。(この表現には異論が多くあると思います)

サラリーマンは給与所得の全てが源泉徴収されているから損だと思われているかもしれませんが、実際のところ優遇されている点も多いのです。(脱サラすると身に染みてわかると思います)

その辺の事情についてもおいおい書きたいと思います。

私が専業トレーダーに転身したそもそもの理由とは・・・

(1)勤務先が遠方で通勤が大変だった
(2)激務で毎日3時間ぐらいしか寝る事が出来なかった
(3)年齢が若く、失敗してもやり直せると思った
(4)自分の性格がそもそもサラリーマンに向いてないと思った

こんなところだと思います。

私は専業トレーダーになる前は某IT企業にて通信関連の仕事を致しておりました。現在、携帯電話や光ネットワークを利用するのが当たり前の時代になりましたが・・・その土台というか基礎となるシステム開発に携わっておりました。

IT企業という言葉は今ならとても素敵な言葉として解釈される時代になったような気が致しますが、私が一生懸命に働いていた時代はパソコンオタクが多く集まっている印象の方が強かったです。(笑)

その後の時代を先導する大事なシステム開発に携わっていた事で仕事は超激務でございました。毎月の平均残業時間は100時間を超えておりましたし、休日出勤もあたり前でしたので、休日といえども事前に上司に連絡しておかないと休めませんでしたね。

さらに開発しているシステムが完成間近の時期になると徹夜業務が増えてきます。これで勤務先まで近いのならまだ良かったのですが、片道2時間~2時間半かかって通勤しておりました。

仕事そのものにはやりがいがありましたので頑張って働いていたのですが20代も後半に差し掛かった頃に体力の限界を感じてしまいました。経験を積んだ事で後輩が数多く配属されるようになり、さらに激務となり限界を超えたって感じですね。

・・・とりあえず、今の仕事は限界だからもう辞めようって退職を決意したわけです。その時、手元にあった資金は株式投資で増やしたお金が1000万円ありました。

しかし、25歳の時に購入した自宅マンションの住宅ローンがそっくりそのまま残っていたのです。私がローンを組んだ時代は今よりもずっと金利が高く、ローンの支払いだけで年間200万円必要でした。

普通に考えたら、次の就職先を見つけるまで退職しませんよね。この続きは次回にします・・・



2007/03/25(日) 専業トレーダーの憂鬱 トラックバック:- コメント:1


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